神戸大学大学院医学研究科内科学講座循環器内科学分野の江本拓央医学研究員、平田健一名誉教授、心臓血管外科岡田健次教授、大学院科学技術イノベーション研究科先端医療学分野の山下智也教授らの研究グループは、McMaster UniversityのDanya Thayaparan研究員、Martin Stampfli教授、University of Toronto, UHN’s Peter Munk Cardiac CentreのAniqa Khan研究員、Clinton Robbins教授との共同研究により、腹部大動脈瘤の新たな形成メカニズムを解明しました。

腹部大動脈瘤は、お腹の大動脈が瘤状(こぶ状)に膨らむ病気で、破裂すると半数以上の人が命を落とす疾患です。喫煙は腹部大動脈瘤の大きなリスク因子となりますが、喫煙がいかにして大動脈壁の破壊、瘤の拡大を誘導するのか、そのメカニズムは分かっていませんでした。

研究グループは、タバコの煙を用いた新たな大動脈瘤のモデルを作成し、喫煙により進行する動脈硬化が大動脈瘤形成を促すこと、そのメカニズムとして、血管内皮の障害から、単球(白血球の一種)が血管壁に浸潤し、TREM2+マクロファージとなって蓄積することが病態形成に大きく関わっていることを、動脈硬化モデルマウスを用いて証明しました。また、単球の浸潤、TREM2+マクロファージはヒト腹部大動脈瘤サンプルでも確認できることを示しました。

本研究成果により、今後、単球の浸潤やTREM2+マクロファージの集積を制御する新たな薬物治療の開発が進み、外科的治療に加え、薬による内科的治療の可能性が開かれることが期待されます。

この研究成果は、4月22日午後6時(日本時間)に、『Nature Immunology』誌に掲載されました。

ポイント

  • タバコの煙を用いてヒトの病態に近い腹部大動脈瘤モデルの作成に成功した。
  • 動脈硬化と一致して、大動脈壁のエラスチン構造が破壊され、血管系が拡大し動脈瘤が形成された。
  • マウス、ヒト共に腹部大動脈瘤のマクロファージシングルセル解析を行うと、単球の浸潤が増え、TREM2+マクロファージが集積していた。
  • TREM2+マクロファージをノックアウトした細胞を骨髄移植するマウスモデルでは、大動脈瘤形成は抑制された。

研究の背景

腹部大動脈瘤は無症状で瘤径が大きくなり、破裂すると半数以上の人が命を落とす疾患です。現在のところ、外科的な人工血管置換術、もしくは腹部大動脈ステントグラフト内挿術の選択肢しかなく、5cm以下の大動脈瘤については、経過観察となり、喫煙者であれば禁煙、高血圧患者であれば降圧療法が行われますが、十分なものではなく、瘤径の拡大を確実に抑制できる内科的治療法は存在しません。腹部大動脈瘤については、動脈硬化が原因となることが示唆されていますが、今まで動脈硬化病変がどのようにして大動脈壁の破壊、瘤の拡大を誘導するのかはまだ分かっていないことが多いのが現状です。

研究の内容

腹部大動脈瘤のモデルマウスはこれまでいくつか報告されていますが、より臨床に近い形のモデルマウスの確立を行いました。腹部大動脈瘤患者の実に90%が喫煙者であることに事実に着目し、アポリポプロテインE欠損(Apoe-/-)マウス(動脈硬化モデルマウス)に高脂肪食を負荷し、タバコの煙に1日2回暴露させることで、臨床に近い腹部大動脈瘤モデルマウスの作成に成功しました(図1)。タバコの煙に暴露させるとApoe-/-マウスに高脂肪食を付加しただけでは、なかなか形成されなかった腹部の動脈硬化が形成され、その動脈硬化と一致して瘤が形成され、動脈硬化が直接的に瘤の原因になっていることを証明しました。動脈硬化集積部位には一致してマクロファージの集積が見られました。そのマクロファージ集積の意義を調べるために、マクロファージの維持増殖に必須のCSF-1をブロックすると、動脈瘤形成が抑制されたため、マクロファージが大動脈瘤の形成に深く関わることが証明されました。さらにシングルセルRNAシークエンス解析技術を用いて、大動脈瘤の免疫細胞を詳しく解析すると、単球が浸潤し、マクロファージの中でも、脂質を取り込んで泡沫化したTREM2+マクロファージが集積していることがわかりました。ヒトのサンプルも同様に、大動脈瘤の中枢断端と中心部をシングルセルRNAシークエンス解析で比較すると、中心部で単球が浸潤していること、TREM2+マクロファージが存在することが示されました。ヒトとマウスのデータを同じ座標を用いて解析する手法を用いても同じような細胞集団がいることが確認できました(図2)。

さらに、TREM2+マクロファージをノックアウトしたマウスを骨髄移植したマウスでは大動脈瘤形成が抑制されており、TREM2+マクロファージが病態形成に大きく関与していることを証明しました。単球が浸潤するメカニズムについては、タバコの煙を負荷したマウスでは、正常の一酸化窒素(NO)を産生する内皮が減少していることがわかり、またNO産生酵素を阻害するL-NAMEやNO産生酵素をノックアウトするマウスでは瘤形成が悪化することから、血管内皮障害から単球が浸潤することがメカニズムとして考えられました。マウスの実験はトロント大学で行われ、ヒトのサンプルは神戸大学で採取され解析されました。

今後の展開

ヒトの病変部シングルセル解析によりTREM2+マクロファージが病態形成に大きく関与していることが明らかになったことは、今後の大動脈瘤の研究において重要な知見となります。この発見をもとに、今後、単球の浸潤やTREM2+マクロファージの集積を制御する新たな薬物治療の開発が期待されます。

用語解説

※1:シングルセルRNAシークエンス解析技術

1細胞ごとに網羅的に遺伝子発現を解析する技術のこと。

※2:TREM2+マクロファージ

シングルセル解析で明らかになった、動脈硬化特異的なマクロファージ。

謝辞

この研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:24K02448, 24K02447, 23K27596)、日本医療研究開発機構(AMED)「ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(次世代医療基盤を支えるゲノム?オミックス解析)」(課題番号:JP23tm0724607)、MSD生命科学財団、日本応用酵素協会および内藤記念科学振興財団の支援を受けて実施しました。

論文

?タイトル 

“Endothelial dysfunction drives atherosclerotic plaque macrophage-dependent abdominal aortic aneurysm formation”

  • DOI

10.1038/s41590-025-02132-8

?著者

Danya Thayaparan1*, Takuo Emoto2,3*, Aniqa B. Khan4,*, Rickvinder Besla5,*, Homaira Hamidzada4,#, Mahmoud El-Maklizi2,#, Tharini Sivasubramaniyam2, Shabana Vohra2, Ash Hagerman4, Sara Nejat2, Charlotte E. Needham-Robbins2, Tao Wang2, Moritz Lindquist6, Steven R. Botts7, Stephanie A. Schroer2, Masayuki Taniguchi8, Taishi Inoue9, Katsuhiro Yamanaka9, Haotian Cui10, Edouard Al-Chami4, Hangjun Zhang11, Marwan G. Althagafi2, Aja Michalski2, Joshua J. C. McGrath1, Steven P. Cass1, David Luong2, Yuya Suzuki3, Angela Li4, Amina Abow5, Rachel Heo1, Shaun Pacheco2, Emily Chen2, Felix Chiu2, John Byrne10, Tomoyuki Furuyashiki8, Mansoor Husain2,12, Peter Libby13, Kenji Okada8, Kathryn L. Howe2,10, Scott P. Heximer11, Tomoya Yamashita3,14, Bo Wang10, Barry B. Rubin10, Myron I. Cybulsky2,4,10, Joy Roy6,15, Jesse W. Williams16, Sarah Q. Crome2,4, Slava Epelman2,4,12, Ken-ichi Hirata3,?, Martin R. Stampfli1,17,?, Clinton S. Robbins2,4,5,10,?

1 McMaster Immunology Research Centre, McMaster University, Hamilton, ON, Canada.

2 Toronto General Research Institute, University Health Network, Toronto, ON, Canada.

3 Division of Cardiovascular Medicine, Department of Internal Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.

4 Department of Immunology, University of Toronto, Toronto, ON, Canada.

5 Department of Laboratory Medicine and Pathobiology, University of Toronto, Toronto, ON, Canada.

6 Department of Molecular Medicine and Surgery, Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden.

7 Institute of Medical Science, University of Toronto, Toronto, ON, Canada.

8 Division of Pharmacology, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.

9 Department of Cardiovascular Surgery, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.

10 UHN’s Peter Munk Cardiac Centre, Toronto, ON, Canada.

11 Department of Physiology, University of Toronto, Toronto, ON, Canada.

12 Ted Rogers Centre for Heart Research, Toronto, ON, Canada.

13 Department of Medicine, Brigham and Women's Hospital, Harvard Medical School, Boston, Massachusetts, USA.

14 Kobe University Graduate School of Science, Technology and Innovation, Kobe, Japan.

15 Department of Vascular Surgery, Karolinska University Hospital, Stockholm, Sweden.

16 Center for Immunology, University of Minnesota, Minneapolis, MN, USA.

17 Firestone Institute of Respiratory Health at St. Joseph’s Health Care, McMaster University, Hamilton, ON, Canada.

?掲載誌

Nature Immunology

研究者

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